top of page

人道の港 敦賀 モニュメント 「自由への扉」

 このモニュメントは敦賀港が1902年から1941年にかけてヨーロッパとの交通の拠点で有ったこと、また1920年、動乱のシベリアで家族を失ったポーランド孤児760名や、第二次大戦のナチスの迫害を逃れ日本通過ビザ『命のビザ』を携えたユダヤ人6,000人が上陸した日本の唯一地であり、彼らにとって敦賀港が死と絶望から未来と希望を求め旅立った転換の地『人道の港』であった敦賀の歴史を未来へと語り継ぐ事を目的とします。

 

『港 都』 敦賀の語り部として

 

コンセプト

 

自由への扉.jpg
bottom of page